2019-08-20

江之浦測候所

妹の結婚式に出席するため鎌倉にでかけた7月。

その旅行中に訪れた江之浦測候所がすばらしくて、今までで一番といっていいほどしびれた体験でした。
建築?ランドスケープ?なんといったらいいんだろう。
場所は神奈川県小田原市の海を望む山の中腹。写真家であり芸術家である杉本博司氏による作品です。

「この場所自体が杉本のアート作品です」という説明の通り、どこに立ってもどこを見ても美しい。
広大な敷地で水平線を見渡す雄大な景色。
心が穏やかになるというよりも、ずっとひりひりした緊張感がつきまとう。
野草1本に至まで計画されてるんじゃないかと感じるほど徹底的で、
どうやったらこんな場所が出来るのかさっぱり見当がつかないのです。

いつも建築を見学するときは勉強させてもらいますという気持ちでいるのだけど、
全くそんな気持ちにならず、ただただ環境に時間とからだを委ねて3時間過ごしました。

石のかっこよさを改めて思う。
さまざまな産地の巨石たち。

杉本氏の海景シリーズが展示されている建物。先端のテラスから江の浦の水平線が広がる。
夏至の日の出の方角に突き出た100mのギャラリー。

屋外にある作品や建物の配置は、夏至や冬至の太陽の方角を軸線として置かれている。
何に逆らうこともなく、不変の中からうまれた配置。
それらを繋ぐ動線がまた、導かれるように自然で気持ちいいんだよなー。

光学ガラスでつくられた能舞台。
光学ガラスは氏が建築でたびたび使う素材で、空気より透明度が高く、カメラのレンズの素材。
自分を投影するかのような素材の選び方に美学を感じる。
ちなみに実際ここで能を演じることはないらしいが、じわじわと能に興味が湧いてくる。

敷地内の竹林。周囲にはみかん畑もあって、軽トラで来て農作業している方もいた。
ほんとうにどこまで計画なのかわからない。

ここから先は立ち入り禁止を意味する止め石。
こればっかり撮影している海外のお客さんもいました。気持ちわかるなー。

江之浦測候所に訪れるには注意点があって、まず完全予約制であること。
基本的には事前予約がよいみたい。定員に達してないときは当日券も出ます。(今回わたしたちは当日の朝電話で予約しました。)
あと1日2回の完全入れ替え制なので、午前の部と午後の部があります。各回3時間。
時間の間は途中入場、退場とも可能ですが、過ごしてるとあっという間なので遅れずに行くことをおすすめします。

ちなみにスタッフさんたちがとても素晴らしかったです。
この環境と、注意書きのない展示方法を維持するのはものすごく労力のいることだと思う。
さりげなく作品の解説をしてくれるなど鑑賞の妨げにならないような絶妙なフォローがきもちよかった。

さて。
どういう思想の人なのかもっと知りたい!となったので、杉本氏の著書を2冊読みました。
著書1作目である〈苔のむすまで〉と有名美術館を評価する〈空間感〉。

〈苔のむすまで〉は雑誌に連載10ページの連載をしたものをまとめたもの。
各章は短いものだけど、日本の歴史や西洋の歴史。知識、そしてアイディアが濃密に書かれていてぶんぶん振り回される感じ。
知識の下敷きのないわたしには刺激的で、読むのに難儀したけど、特におもしろいのは氏の作品に対する話。
鎌倉時代の話をしてたかと思えば、作品のコンセプトにつながってゆくのです。
読み進めるにつれ、帯に書かれている「私の中では 最も古いものが 最も新しいものに 変わるのだ」
という言葉の輪郭がはっきりしてくるような。

あと、とても美しいのがカバーの裏側。氏の作品である〈仏の海〉が印刷されています。
三十三間堂の千体仏を撮影したもので、撮影に至ったコンセプトや、
撮影交渉に7年費やしたというエピソードも本に書かれています。

この写真の迫力があまりにすごくて、先日久しぶりに三十三間堂に行ってきました。
向かいの京都国立博物館では、これも氏の作品のヒントになった五輪塔の展示も見られて満足。
歴史って、自分の想像力で自由に解釈していいものなんだなー。
そういう面白さを学び、一気に歴史への興味が広がった一冊。

〈空間感〉は、美術作家=美術館ユーザーの視点から、有名美術館のレビューをするという目からウロコのコンセプトの一冊。
歯に衣着せぬ勢いで、どんどん美術館をぶった切っていく。
こんな視点があるのかとほんとうに驚いてしまった。(なんと☆付き採点表つき!)

美術展の展示方法って、学芸員さんが考えるものかと思ってたんですけど、そればっかりじゃないんですね。
どう展示するか=建築との格闘といった捉え方で、
まず美術館を知り、建築家の意図を読み解き、自身の作品で答えるというかたちで展示作品や展示方法を決めている。
ユーザー(展示する側)に配慮した建築もあれば、そうでない建築もあるという。
(そんな建築にはものすごく辛口。)
こういう展示がしたかったが、予算が足りなかった、という裏側のエピソードも興味深い。

わたしが特に心踊ったのは西村伊作の章。
西村伊作といえば新宮出身で文化学院の創立者であり、優れた建築家であった方

新宮にある彼の自邸は国の重要文化財にも指定されていて、
ここ数年保存修理工事中で、2年前、工事中の現場の見学にも行かせてもらいました。

西村伊作を知ったのは、埴輪のためのベビーベッド(!)を探しているときだとか。
〈空間感〉は美術館について書かれた書籍だが、唯一西村伊作に関しては住宅に対する建築思想の話。
いかに彼が革新的で、確固たる思想をもった建築家であったかが書かれている。

ちなみにこの本のカバー裏には、〈苔のむすまで〉同様仕掛けがあります。気が抜けない。
白と黒、並べて気持ちよい2冊。

江之浦測候所は構想10年、建設に10年掛けてつくられたらしい。
現場にはまたなにか作ろうとしている様子もあって、まだまだ変化していくようす。
壮大なプロジェクトだなあと思ったけど、
古代から現在まで、自由に思考が行き来する氏にとってはほんの一瞬のできごとなのかもしれない。

数千年前からここにあるんじゃないかと感じる遺跡のような場所。
そして数千年後には遺跡として見つかるんだろうなと思い巡らせる場所。

また季節を変えて訪れたいと思います。

江之浦測候所


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